● もう一つの熱き戦い(2003.3.20)

 総本部道場練成試合。関東地方道場生により多くの試合機会を与える目的として昨年より始まった大会である。

 経験が浅い道場生も試合にチャレンジできる場として定着を目指している。親子ほど年齢が離れている選手同士の対決を始め、全国大会、関東大会では見られない多様なマッチメークも見られる。

 今回、初めて試合に出場したある本部道場生の姿が印象的であった。

 1年前、道場に入会したきっかけは幼稚園生の子供の入会であった。いつも子供の練習を外から眺めていながら自分も負けじと新しい挑戦をしたく2ヵ月後に入会し親子そろっての道場通いが始まった。

 もちろん仕事帰りの稽古であり、組手の稽古では怪我をする恐れもある。しかし、上級者や若い学生らとの組手にも怯まず果敢に挑む姿勢は、日常生活でも何事にも常に前向きな姿勢が感じられた。

 人は何か新しいチャレンジをするとき、どうしても不安要素を考えてしまい、時には躊躇する場合もある。≪自分には出来るのか≫、≪もし失敗したら≫と考えてしまい、誰にでも自分の逃げ道を作る場合だってある。何か新しいチャレンジをする時は失敗を恐れず自ら退路を断ち前に向かっていくことが重要であると感じた。

 その道場生にとって初めての試合。型の試合も組手の試合も緊張してなかなか体が動かなかったという。しかし最後まで前に前に向かっていく姿勢は忘れなかった。

 試合後の感想が印象的であった。≪何が出来たというよりも何が出来なかったのかをわかりました≫と。これもまた次につながり前に向かう姿勢である。

 新しいチャレンジで今までわからなかった新しい自分が見えてくる。空手だけでなく仕事や日常生活でも全く同じことが言えるのではないか。

 道場生達による練成試合。技術と経験ではまだまだ課題は多いが、拳にこめた熱き思いがぶつかりあうもう一つの立派な闘いの場である。(EAST)
 

 

● カンボジアで響いた拳道の声(2002.12.13)

 今年の夏、ひょっとしたことから国際援助を続けるNGO団体と一緒にカンボジアに行く機会があった。
 それはカンボジアに住む貧しい村で援助活動をしたときであった。
 子供達との交流時間で色んなゲームで子供達と遊ぶ我々ツアーのメンバーを見ながらさて自分はなにをしたらいいものかと考えたあげく、職業とする空手の動作を見せてみた。
 それが興味をそそったのか男子を中心に100人ぐらいの輪がいつのまにか出来ていた。
 ちょっとした気持ちで行ったわけだが後に引き下がれなくなり、そのまま即席拳道教室をはじめた。
 突きと蹴りのワン・ツー・スリーのコンビネーションをクメール語でモイ・ブィー、ブァイと言いながらちょっとした動作を教えてみた。
 日本で道場には【強くなりたい】、【友達を作りたい】とさまざまな理由から道場に来る子もいれば、子供を親が強く育てたくて来る場合も多い。
 しかしカンボジアの子供達にとってはそのような可能性を伸ばす機会すら与えられてはいないのが現状だ。
 それどころか学校にも通えず病気にかかっても病院に行けない子だって多い。
 天真爛漫の笑顔、夢中になって空手を習おうとするその姿を見て無限な可能性を持ったこの子供達から生きる権利、学ぶ権利、自己の才能を伸ばす権利を奪ってはいけないと痛感した。
 わずかな時間だが空手を楽しんだカンボジアの子供達の姿を胸に刻みながら帰路に着いた。(EAST)
 

● 拳の大道(2002.10.5)

 

 古代中国の兵書『孫子』では必勝の法則として次のような文句がある。『彼を知り己を知れば百戦危うからず。』文句というより格言である。かのナポレオンもロシア侵攻失敗後にもう少し早くこの書に出会えていればと感想を述べたという。

 人生においては何が勝ちで何が負けなのかは最後までわからない。処世の術としてもウンチクがあり興味深いが、やはり勝敗のはっきり出る競技者として読むのも楽しい。己を知ろうとする試みは毎日できる。空手の稽古とは己と向き合う作業にほかならないし、自分を見つめ直す時間をすこし持てば出来るからである。自分の得手不得手はなにか、精神状態はどうなのか、問い掛ける時間を持つことが大事だと『孫子』は問い掛けている。しかし己に問う、己を知る事はまだ必勝の半分である。彼を知って『百戦危うからず』である。

 『孫子』は百戦百勝の法を説きながら、それを目的としていない。究極は『戦わずして勝つ』である。競技者として百戦百勝を目指しつつも、それがゴールでない事、その先に大道があることを忘れずに稽古に励んで行きたいものである。(U)
 

● 認めたくない現実と「真の自分」と稽古(2002.9.27)

 

 先日、知人が入院したと聞いて見舞いに行った。
 聞けば鎖骨を折って手術したと言う。それならばかなりの大ケガだろうと、急ぎ駆けつけてみると意外に元気で、見舞い客相手に大騒ぎしていた。
 そこで何故ケガをしたのか理由を聞くと、大した事ではないとなかなか答えない。
それでもしつこく何度も聞くと、絶対口外しないとの約束で話してくれた。
 なんでも知り合いに誘われた草野球で、内野ゴロを打って一塁へ走る途中に転んだらしい。打った瞬間はアウトと諦めてゆっくり走っていたのだが、内野手がファンブルするのを見てダッシュした矢先、窪みに足を取られて転倒したそうだ。
彼は運動能力が高く身のこなしも敏捷で、これまで転んで骨を折るなど有り得なかったため、何故受身をとらなかったか聞いてみると、とろうとして体が動かなかったと言う。
 彼が言うには、三十を越えて自分の意識と体の「ズレ」を調整できないらしい。
 二十代の頃はやろうとする「気持ち」に「体」がしっかりついてきてくれたのだが、今は以前の感覚で体を動かすと無理がでる。稽古をしても腰が落ちない、蹴り足が上がらない、すぐに息が切れる、など等。「まだまだ出来るはずだ」と思いながらも「ひょっとすると・・・」の不安を打ち消すため、焦って一層無理をする悪循環にはまってしまう。
 今回のケガも、自身の体力の低下を認めたくない気持ちが生んだ必然の結果だと言う。
 これからは三十代の現実をしっかり自覚して、維持するつもりではなく向上するつもりで稽古しなければ、と照れくさそうに笑う顔をみながら、年月を重ねると共に如何に稽古を深めていくか、思い込みではない「真の自分」と向き合っていくかを、深く考えさせられた。(EAST)
 

● 「あのころのように」

 今年も全国選手権大会が近づきHP上では企画特集を組むことになった。今年で16回目を迎えた全国大会、今年はどんな新しいヒーローが生まれるのか、興味津々である。15年前、西が丘体育館で産声をあげた全国大会。数々のスターが生まれ、名勝負が繰り広げられた。その歴代チャンピョン、全国大会を沸かせた名選手達は現在何をしているのかと、ふと考えてみた。近年選手を引退した人達も当時の気持ちを忘れずに再び、拳道会活動に携わる傾向がある。記念すべき第1回大会優勝の峰氏は3年前より地元埼玉でクラブを開設し青少年育成に努めている。過去数々の入賞歴を誇る新井氏、小川氏も同様、地元で拳道少年クラブの指導にあたるようになった。田中氏、田立氏は地元愛知にて一時休館状態だった東海地方の拳道会再建に尽力した。一線を退いても決して衰えない拳道の技術と精神力。拳道修行で養った力が他の社会活動においても生かされ、彼らをまた拳の道に引き戻すことになった。10年前に選手を退いた筆者も過去の名選手達の活躍に新しい力を得た気がした。魂と魂がぶつかり合い多くのドラマが生まれた全国大会。「あのころのように」とそっと帯を引き締めた。拳に込めた熱き夢はまだまだ終わらない。(EAST)

 

● ファイティングスピリット

  日韓共催のサッカーW杯で日本中が沸いた1ヶ月間であった。32ヶ国の選手達はまた新たに4年後のドイツ大会を目指し長い道のりを歩き始めた。W杯には出場しなかったがふと思い出した選手がいた。カズこと三浦和良選手。90年代日本サッカー急成長の立役者とも言われた彼はついにW杯のピッチには立てなかった。代表選出漏れの後も負傷者との交代が認められる日本の緒戦の24時間前まで可能性はあると彼は諦めなかった。しかもベルギー戦にあわせ自分のコンディションを調整していたという。決して夢を諦めない!決して勝負を捨てない姿勢。日本中が熱狂したその陰でひっそりと新たな目標に向け黙々と練習に励むその姿。全く違うスポーツをする彼から大事なものを教えられた気がした。最後まで勝負を諦めないファインティングスピリット。これは日々の絶え間ない努力と自己研鑽によって養われるはずだ。昨年の拳道会全国大会。試合に敗れ悔し涙の中新たなる挑戦を誓った一人の選手の姿が重なった。何度負けようが最後まで勝負を捨てずまた新しい目標に向かって日々の稽古に励むその姿を見ながら、今から年末の全国大会が楽しみになった。
(EAST)